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札幌高等裁判所 昭和43年(う)142号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五万円に処する。

右罰金を完納しない場合は、一日一〇〇〇円の割合で換算した期間被告人を労役場に留置する。

公訴事実第一の(二)、第二および第三につき被告人は無罪。

理由

〈前略〉

当裁判所の判断は以下に示すとおりである。

第一  変更後の訴因第一の(一)について、

この関係で原判決は、中富良野村長の被告人が、昭和三八年四月頃同村役場で、島口豊(助役)岡田良之(税務係長)らと相談したうえ、給与所得納税義務者三八一名に対する同年度村民税賦課にあたり、その利益を図る目的から、地方税法および同村条例所定の課税標準算出方法に従わず、総収入一〇〇万円以下の者については一律三九%、同一〇〇万円をこえる者については一律三九万円を控除して算出する方法を採つて七七三、八〇〇円過少に賦課し、翌三九年三月頃までに同額の過少徴収をして同村にそれだけ損害を加えたとの事実を認定した。

原審取調済の証拠によれば、右認定は正当であり、即ち、被告人は給与所得者の利益を意図して本件控除方式を採用し、中富良村に財産上の損害を与えたのであつて、この方式が地方税法および同村条例に定められたものに相違することも十分認識していたのは明らかである。そして、本件控除方式が法的に許されない違法なものであり、被告人の所為は客観的にその任務に違背したものであるとして、その適法性を主張する弁護人の主張を斥けた原判断にも誤りはない。

しかし原判決は、すすんで被告人に背任の認識があつたかどうか、「これが右関係法令の解釈上もまつたく許されない措置であるとの認識までもこれを有していたかについては」合理的疑いが残るとして無罪を言渡した。原判決の文言が背任の認識は未必では足らないとの趣旨まで含んでいるとは思えないが、しかし結論を先に示せば、この認定は是認できない。

既に原認定のとおり、被告人は本件控除方式が関係法令に規定を欠くだけでなく、村民税の賦課方式を定めた同村条例に相違することさえも認識していたというのである。長い期間の村役場勤め、それも主として税務を担当して収入役にまで昇り、昭和二二年以降は村長として引続き村行政を統轄してきた被告人である。村議会との交渉やりとりの経験も長く豊富である。およそ地方税の賦課方式という、地方自治体の立法および行政部門に共通の最重要事項のひとつについて、その決定機関である議会の明示された意思即ち条例の明文の規定があるにかかわらず、これと異なる自由な裁量が行政執行者に許される筈もないという極く初歩的な知識ぐらいは、村政執行者の基本的心構えとして、被告人も当然有していたと見るのが合理的ではないか。それにも拘らず、被告人にこの認識さえなかつたとするからには、それ相当の強い理由がなくてはかなうまい。言うまでもないが、本件では、さしあたり被告人が本件控除方式の条例違反であることを知つていたのであれば、地方税法との関係は一応抜きにしても、それだけで既に背任の認識はあつたと認めざるを得ないものである。

原判決は租税法規の複雑難解さをいう。しかし、被告人の背任の認識との関係で問題なのは、法規の個々の技術的細目の認識の有無ではない。課税方式に関する法と条例の明文の規定に反して本件のような行政裁量が許されるかという、ひとつには立法と行政の相互関係を律する本質的原則と、ふたつには租税法律主義にかかわる税行政の基本的原則をすら、被告人が認識していなかつたと認めうるかが問題なのであつて、法規の複雑さはこれを疑う理由としては薄弱である。

たしかに被告人は、本件賦課方式がいわゆる税務研究会の申合せに従つたものだとも弁明しているから、その協議結果につき大綱くらいは承知していたということであろう。それならば、昭和三六年地方税法改正後、上川支庁係員から法定外課税方式が違法だからこれを是正するよう再三指摘があつたこと、事実それ以後は研究会において課税方式や控除率の公然たる申合せをしなくなり、情報交換程度にとどめるようになつたこと、この問題についての北海道総務部長通達については研究会の席でも係員から説明があつたこと等、同研究会において本件のような課税方式が公式には違法として扱われていた空気をも、出席職員の復命等によつて察していたのではなかろうか。すくなくとも、研究会のかような経緯をもつて被告人の背任の認識に疑問をはさむ根拠とするのは、いささか問題であろう。

なるほど本件のような賦課方式は、同村で一〇年以上も続いてきたものであり、それを前提とした予算決算は村議会で可決され認定され、すくなくとも徹底的な追求を受けなかつたのは確かである。しかし例えば、昭和三六年三月二九日の、被告人も出席した定例議会において、かような賦課方式の法と条例上の根拠に疑義が提起され、岡田良之から法令上の根拠のない旨答弁されているのであつて、この問題に関しては、被告人においても否応なしに、あらためて認識考慮をせまられる機会があつたことを疑い得ない。

以上を総合して言えば、外部にあらわれた客観的事実は、被告人において本件課税方式が法と条例に反し、したがつてこれによることが法と条例に従つて村政を執行すべき村長の任に背くことになるのを十分認識していたと認めさせるに足るものである。それならば、被告人の検察官に対する昭和四一年五月一一日付供述調書中の「一定の控除をすることが地方税法所得税法に定められており、それ以外の控除は法律上許されていないことは知つております」との供述は、これを原判決が言うように、取調当時においては違法であることを知つたとの趣旨に解するのは無理というものであつて、前記客観的事実の推認させる方向に、即ち背任の認識を有していたことの自白の趣旨に解しないわけにはいかない。被告人が、法および条例の規定よりは本件賦課方式の方がより実質的に公平で妥当であるとの確信を有していたことを考慮しても、この認定は動かせない。

結局、原審で適法に取調べた証拠ならびに当審の事実調の結果によれば、被告人は本件賦課方式が地方税法および同村条例の定めに違背し、かつこれに違背することが法的に許されないことを十分知りつつも、村税収入を約一、三〇〇万円に保つ基本方針があつたことと、俗に「九・六・四」と言われるように、農業所得者と給与所得者の間に存在する所得税課税上の、したがつてまた村民税の取扱面での実質的な不均衡不公平を緩和するとの政治的判断から、あえてこれを採用したものである。その政治的判断に対する政治的評価はともかくも、被告人において背任の認識を有していたことの証明は十分であり、原判決のこの点の認定は誤りである。

第二  第三〈省略〉

第四  結論

公訴事実第一(一)につき事実誤認を主張する論旨は理由があるが、その余は理由がない。原判決は併合罪たる第一ないし第三の各事実につきひとつの主文で無罪を言渡したものであるから、全部破棄することになる。

よつて刑事訴訟法三九七条、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により自判する。

第五  自判

(罪となるべき事実)

起訴状記載の冒頭事実および公訴事実第一(一)のとおり(ただし原審一三回公判で変更したもの)であるから、引用する。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)

罪となるべき事実は刑法二四七条六〇条罰金等臨時措置法三条一項に該当する。

情状について考えるのに、被告人は、周知の如く給与所得者に事実上不利な税負担につき、実質的均衡を地方税の面でせめて回復しようとの目的から、自己の政治的信条に基づいてあえて法および条例の規定に背き、本件賦課方式を採つたものである。もとより私利私欲に発するものではない。刑法上の問題としては背任罪の罪責を問われて止むを得ないこととなつたものの、地方自治体の行政を統轄する任にある者としての基本的な姿勢は、情状として積極的な評価を惜しむべきものではない。本件同様の法外賦課方式を採つていた町村は富良野沿線に限つても決してすくなくないのに、被告人のみが訴追を免れなかつたという事情や、本来村税収入を約一、三〇〇万円におさえていたことから見れば、本件の具体的な過少徴収分は同村にとつて言わば無くてもいい、すくなくともその財政状態に影響をきたすべきものでなかつたことも量刑にあたり考慮される。本件はわが国税制とその運用のあり方、地方自治体における自治権の範囲等の諸問題につき、あらためて関係者の再考を促す契機となるものでなくてはならない。

その他一切の諸事情を勘案して所定刑中罰金刑を選択し、換刑処分については刑法一八条を適用する。公訴事実第一(二)、第二、第三については前述のとおり犯罪の証明がないから、刑事訴訟法二三六条により無罪を言渡すべきものである。

(なお罪となるべき事実に関して訴訟費用はないと認められる。)

よつて主文二項以下のとおり判決する。(斎藤勝雄 佐藤敏夫 柴田孝夫)

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